ドームを地域経済のエンジンに!背水の陣で挑む再生への挑戦。【株式会社札幌ドーム】
2026年4月20日 公開
コロナ禍の影響や北海道日本ハムファイターズの本拠地移転を機に2023年、6億円を超える巨大赤字を抱えた(株)札幌ドーム。しかし翌年には黒字化を果たし、2025年に就任した代表取締役社長の阿部晃士さんが第二の創生の陣頭指揮を執るなど、現在はその一挙一動が注目を浴びている。元JTBでの経験を生かし、ドームの「地域経済を動かす交流拠点への転換」を掲げている阿部さんに、就任するまでの経緯と、これからの挑戦について伺った。

代表取締役社長/阿部 晃士さん
札幌市出身、札幌大学経営学専攻卒、1992年に日本交通公社(現JTB)入社。札幌支店での法人営業や採用・人事などを経て、2004年からは新規事業開発や地域創生を担当。2019年にJTB香港、JTBマカオ、バス会社を合わせた3社の取締役社長に、2021年からはJTBオセアニア、JTBオーストラリアの取締役社長に就任。2022年からJTB北海道広域代表となり、2025年6月に株式会社札幌ドームの社長に就任した。
札幌市出身、札幌大学経営学専攻卒、1992年に日本交通公社(現JTB)入社。札幌支店での法人営業や採用・人事などを経て、2004年からは新規事業開発や地域創生を担当。2019年にJTB香港、JTBマカオ、バス会社を合わせた3社の取締役社長に、2021年からはJTBオセアニア、JTBオーストラリアの取締役社長に就任。2022年からJTB北海道広域代表となり、2025年6月に株式会社札幌ドームの社長に就任した。
玩具店で生まれ育ち部活一筋から旅行代理店へ。
実家はかつて札幌・狸小路にあった玩具店。幼いころから商店街の商売人たちに囲まれて育ったことから、物心付いたころから経営への関心が高まっていったという。中学校・高校では吹奏楽部で部活一筋の青春時代を送り、推薦で札幌大学経営学専攻に進学。後にキャリアを築く「観光」と出合ったのも、同大学でのゼミだった。
「当初はキャンパスよりもすすきので遊んでいたことのほうが多い自分でしたが、ゼミで観光学や心理学に触れて、漠然と『人とかかわる仕事がしたい』と考えるようになりました。更にJTBグループの子会社でアルバイトを始めるとその魅力に夢中になり、3年生の時には国家資格に相当する旅程管理主任者の資格を取得し、社会人のフリをして働いていたほどです(笑)。4年次には休学して1年間オーストラリアに渡り、現地でツアーガイドの経験もしました」
GW明けに帰国した阿部さんは、慌てて就職活動を開始。既に多くの企業が募集を締め切っていたため、約30社に「遅れた理由」を記した直筆の手紙を送ったそうだ。その1社が、かつてのアルバイト先で、以後キャリアの多くを過ごした株式会社JTB(旧・日本交通公社)だった。
「当初はキャンパスよりもすすきので遊んでいたことのほうが多い自分でしたが、ゼミで観光学や心理学に触れて、漠然と『人とかかわる仕事がしたい』と考えるようになりました。更にJTBグループの子会社でアルバイトを始めるとその魅力に夢中になり、3年生の時には国家資格に相当する旅程管理主任者の資格を取得し、社会人のフリをして働いていたほどです(笑)。4年次には休学して1年間オーストラリアに渡り、現地でツアーガイドの経験もしました」
GW明けに帰国した阿部さんは、慌てて就職活動を開始。既に多くの企業が募集を締め切っていたため、約30社に「遅れた理由」を記した直筆の手紙を送ったそうだ。その1社が、かつてのアルバイト先で、以後キャリアの多くを過ごした株式会社JTB(旧・日本交通公社)だった。
夢の海外勤務が一転、コロナ禍でどん底を味わう。
1992年、JTBに入社を果たした阿部さんは、札幌で法人向けの団体旅行や修学旅行などの営業を担当する。10年ほどたってからは、総務・人事、地域創生や企業にかかわるイベント企画やセールスプロモーションなど、新たな領域にも挑戦していった。
「JTBが2006年から掲げていた『交流文化産業』の新たなビジネスモデルです。例えば、道立近代美術館で『スター・ウォーズ』の展覧会を企画したり、商業施設にタレントを呼んだ夏休み企画を開いたりと、広告代理店に近い仕事をしていました」
入社当初から夢だったという念願の海外勤務を果たしたのは2019年、50歳を迎えたころ。長年の実績が評価を受け、香港、マカオの現地法人と現地のバス会社を合わせた3社の社長へと任命される。
「ところが当年秋ごろからの香港はデモが激しく、観光業界は大打撃を受けました。更に『新種のウイルスが出たようだ』とうわさが出始めたと思ったら、瞬く間にコロナ禍へと突入して全く身動きができない状況になってしまったんです」
当時のJTB香港・マカオは収入源のほとんどを日本人向けに依存していたため、改善の兆しは見えない一方だった。阿部さんは「今でも人生で一番つらい時期だった」と振り返る。
「ついにはリストラせざるを得ない状況まで財務が追い込まれたんです。信頼する仲間や共に汗を流した部下たちを裏切るようで、本当にうつになりそうなほどの苦しみでした。2021年にはオーストラリアへの転勤が決まるも、ロックダウンでほとんど身動きは取れず…、結局、長年あこがれだった海外勤務は苦しむばかりでした」
「JTBが2006年から掲げていた『交流文化産業』の新たなビジネスモデルです。例えば、道立近代美術館で『スター・ウォーズ』の展覧会を企画したり、商業施設にタレントを呼んだ夏休み企画を開いたりと、広告代理店に近い仕事をしていました」
入社当初から夢だったという念願の海外勤務を果たしたのは2019年、50歳を迎えたころ。長年の実績が評価を受け、香港、マカオの現地法人と現地のバス会社を合わせた3社の社長へと任命される。
「ところが当年秋ごろからの香港はデモが激しく、観光業界は大打撃を受けました。更に『新種のウイルスが出たようだ』とうわさが出始めたと思ったら、瞬く間にコロナ禍へと突入して全く身動きができない状況になってしまったんです」
当時のJTB香港・マカオは収入源のほとんどを日本人向けに依存していたため、改善の兆しは見えない一方だった。阿部さんは「今でも人生で一番つらい時期だった」と振り返る。
「ついにはリストラせざるを得ない状況まで財務が追い込まれたんです。信頼する仲間や共に汗を流した部下たちを裏切るようで、本当にうつになりそうなほどの苦しみでした。2021年にはオーストラリアへの転勤が決まるも、ロックダウンでほとんど身動きは取れず…、結局、長年あこがれだった海外勤務は苦しむばかりでした」
自ら退路を断ち〝火中の栗拾い〟へ。
2022年に帰国した阿部さんは北海道広域代表として、JTB最大である238人規模の組織のリーダーへと任命される。行政の仕事を15年間担当していたことがあり、後に(株)札幌ドームの社長に就任する足掛かりとなった。
「北海道日本ハムファイターズの本拠地移転による危機を迎えたタイミングでお声掛けをいただきました。ただ世間からは多くの批判の声を受けていた時期だっただけに、周囲からは『火中の栗を拾いに行くようなもの』と大反対を受けました」
しかし阿部さんはその声をはねのけ、自らが復活の立役者となることを決意する。
「信頼していた方から力強い応援の言葉をいただいたこと、自らを育ててくれた北海道に貢献したいと思ったこと、55歳を迎え自らで人生を切り拓きたいと考えたこと…理由はさまざまです。当初はJTBからの出向扱いという形も提案されましたが、本気で取り組むためにもあえて退路を断つ決断をし、就任会見後にJTBへ辞表を提出しました」
かくして社長となった阿部さんは、それまで培ってきたリーダーシップで次々と改革を実行。社員全員と面談を行ったり、朝礼を導入したり、社員との積極的なコミュニケーションを取るなど小さな改善から始め、2カ月目には中長期計画の策定やパーパス、ミッションの再定義を行う。その成果は徐々に表れていった。
「会社のパーパスとして掲げたのが『ドームから北海道・札幌を元気に』。単なる黒字化だけでなく、北海道全体の活性化を目指す組織として定義したことで、社員が同じ目標に向かって歩むようになりました。これから先は更に全国を驚かせるような取り組みをしていくつもりです」
最後に、ボスとして大切にしている価値をこう語る。
「トップが挑戦しない組織に新しいものは生まれません。まずは自らが夢を語り、ロマンを語り、そこに賛同してくれる部下や仲間をつくること。そして、やると決めたら愚直にでもやり続ける、それだけに尽きると思います」
「北海道日本ハムファイターズの本拠地移転による危機を迎えたタイミングでお声掛けをいただきました。ただ世間からは多くの批判の声を受けていた時期だっただけに、周囲からは『火中の栗を拾いに行くようなもの』と大反対を受けました」
しかし阿部さんはその声をはねのけ、自らが復活の立役者となることを決意する。
「信頼していた方から力強い応援の言葉をいただいたこと、自らを育ててくれた北海道に貢献したいと思ったこと、55歳を迎え自らで人生を切り拓きたいと考えたこと…理由はさまざまです。当初はJTBからの出向扱いという形も提案されましたが、本気で取り組むためにもあえて退路を断つ決断をし、就任会見後にJTBへ辞表を提出しました」
かくして社長となった阿部さんは、それまで培ってきたリーダーシップで次々と改革を実行。社員全員と面談を行ったり、朝礼を導入したり、社員との積極的なコミュニケーションを取るなど小さな改善から始め、2カ月目には中長期計画の策定やパーパス、ミッションの再定義を行う。その成果は徐々に表れていった。
「会社のパーパスとして掲げたのが『ドームから北海道・札幌を元気に』。単なる黒字化だけでなく、北海道全体の活性化を目指す組織として定義したことで、社員が同じ目標に向かって歩むようになりました。これから先は更に全国を驚かせるような取り組みをしていくつもりです」
最後に、ボスとして大切にしている価値をこう語る。
「トップが挑戦しない組織に新しいものは生まれません。まずは自らが夢を語り、ロマンを語り、そこに賛同してくれる部下や仲間をつくること。そして、やると決めたら愚直にでもやり続ける、それだけに尽きると思います」
株式会社札幌ドーム
大和ハウス プレミストドームの管理・運営を行っている。札幌市や北海道内の企業が出資するいわゆる第三セクターとして1998年に立ち上げられた。貸館事業、商業・広告事業、駐車場管理などを展開。2025年からは「ドームから北海道・札幌を元気に」をパーパスとして掲げ、世界と北海道とをつなぐ交流創造拠点を目指している。
札幌市豊平区羊ケ丘1番地
https://www.sapporo-dome.co.jp/
https://www.sapporo-dome.co.jp/
UHBにて毎週火曜日深夜0時15分〜放送中!
BOSS TALK
本インタビューはUHB(北海道文化放送)のトーク番組「BOSS TALK」とのコラボ企画により収録されました。
北海道を愛し、北海道の活性化を目指す“BOSS”が北海道の未来と経営について楽しく、真剣に語り合う“TALK”番組。独立するまでの道のり、経営者としての思い、転機となった出会いや目指す未来などを語ります。
本インタビューはUHB(北海道文化放送)のトーク番組「BOSS TALK」とのコラボ企画により収録されました。
北海道を愛し、北海道の活性化を目指す“BOSS”が北海道の未来と経営について楽しく、真剣に語り合う“TALK”番組。独立するまでの道のり、経営者としての思い、転機となった出会いや目指す未来などを語ります。
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