注目企業のトップに聞くin北海道 「好き」を生かした経営で、人生を豊かにする一杯を提供する。【酒商たかの】

2023年8月21日 公開

店頭で酒を味わう「角打ち」を発展させた体験型の酒屋を小樽市と札幌市で展開する酒商たかの。店内で音楽ライブやプロレスを語る会などのイベントを開催したり、豪勢なつまみを提供したりといった型破りな方法で新たな日本酒ファンを次々と獲得している。このユニークな店を展開するまでの経緯や、将来の展望を代表の髙野洋一さんに伺った。
代表/髙野洋一さん
小樽市出身。室蘭工業大学を卒業後、大手ゼネコン会社にエンジニアとして入社。海外勤務を経て両親が経営する酒商たかのを後継。プロレス、映画鑑賞、料理、音楽、アウトドアなど多くの趣味の他、産業カウンセラー、コーチング資格も持っている。

経営難の酒屋を継いだ「酒の飲めない三代目」。

小樽市で営む酒屋の三代目として生まれた髙野さん。しかし、そろばんを手に眉間にシワを寄せる両親の姿を幼いころから見てきた影響もあり、物心付いた時には「絶対に商売を継がない」と心に決めていたのだと振り返る。
「僕はそもそも、一滴でも酒が体内に入ると発疹が出てしまう体質。両親のように苦労はしたくなかったし、酒の飲めない自分に酒屋ができる訳がないと思っていたんです」
そんな髙野さんは道内の工業系大学を卒業後、「家業を継がない意思表示」として、東京の大手ゼネコンに入社した。アジア各国を渡り歩き、ダムやトンネルなど、国家レベルのインフラの建設に携わる。仕事は絶好調、プライベートでは結婚と順風満帆な道を歩んだ。そんな状況でなぜ、店を継ぐ決意をしたのかと問うと「未だに分かりません」と苦笑する。
「忘れもしない、スリランカのジャングルで母親と電話をしていた時でした。気温35℃超えの暑さのせいなのか、母親からの継いでほしいという意思を感じ取ったのか…考えるより先に『帰る』という一言を発してしまったんです。その瞬間に『地獄の扉を開けてしまった』と我に返ったことを覚えています(笑)」
直感は間違いではなく、帰国後に決算書を読み解くと想像以上の経営状況だった。経営に関する知識も、苦境を乗り越える覚悟も持ち合わせていなかった髙野さんは途方に暮れるしかなく、しばらくの間は貯金を取り崩して生活したという。
「裕福な南国での暮らしから一転、北海道のボロアパート暮らし。自分が作った借金でもないのに、どうしてこんな目に遭わなければいけないんだと自暴自棄になりました。どんな状況でも僕を支え続けてくれた妻には今でも頭が上がりません」

「好き」を仕事に生かし、事業を好転。

店を引き継いで4、5年が経過するも、一向に活路が見いだせない状態が続いたという髙野さん。転機となったのはある先輩からの一言だった。
「いつも暗い顔をしている僕に『好きなことやりゃあいいじゃん』と言ってくれたんです。それまでの僕は自分に欠けていることばかりに目を向け、得意なことや好きなことには目を向けて来なかった。どうせがけっぷちなら、やりたいことをやってみようと思ったんです」
こうした背景から開催したのが、髙野さんが大好きなプロレスをテーマにした「プロレス銘酒会」だ。店の「角打ち」の場でプロレスの名試合を放映し、冷蔵庫にある好きな酒を飲んでもらうという内容で、20人ほど客が集まった。20代から60代の職業も性別も異なる、普段は集まらないような顔ぶれが杯を交わした。
「名選手の入場や、必殺技のたびに盛り上がり、2時間の予定が延長に延長を重ね、あっという間に4時間に。会の締めにアントニオ猪木さんの『1・2・3ダー!』をみんなでやった瞬間、店を継いで初めて心の底から面白いと思えたんです。真っ暗闇の世界に、一筋の光が差した瞬間でした」
この出来事を機に、年間100回近くのさまざまな銘酒会を開催した。ただお酒を売るだけではなく、自身やスタッフの「好き」をきっかけにお酒を体験できる店にしようと方針を転換したことで新たなファンが増えていき、経営は徐々に回復していったという。
「さまざまな会を通してお酒は単に酔うためのものではなく、人生を豊かにするものだということが分かってきました。酒が飲めない自分だからこそ、まだ日本酒に出合っていない人、魅力に気付いていない人の気持ちを理解し、楽しみ方を伝えられる。そう気付いてからは、飲めない体質もギフトだと思えるようになったんです」

販売・開発・コミュニケーションで、「人生を豊かにする一杯」を提供する。

見事な復活劇を遂げた髙野さんは、昨年、札幌市手稲区に新たな店「髙野酒店」をオープンした。ここで取り組んだのが地酒「手稲山」の開発だ。
「手稲区はかつてあった酒屋さんがほとんど廃業してしまい、地酒を取り扱う店が一軒もない地域でした。地酒専門店と銘打っているからには、出店した土地のお酒を造りたいと、開発に挑戦したのが『手稲山』です」
北海道は新たな「酒大国」になり始めているとにらむ髙野さん。かつて日本酒といえば東北生まれの銘柄が高い評価を受けてきたが、近年は北海道で新たな酒蔵やブランドが生まれ、全国的にも人気が高まっているのだという。「道産酒の価値を再認識してもらうことも自分の使命」と語る。
髙野さんは現在、ご両親の他に7名の従業員を抱え、小樽と札幌に5店を展開している。今後の経営でも変わらず、自身や社員一人ひとりの「好き」を店づくりに生かしたいのだと語る。
「店の経営も、そして僕自身も『好き』をきっかけにどん底からはい上がることができた。個性それぞれから生まれる化学反応やコミュニケーションを大切に、まだ酒の魅力に気が付いていない、出合っていない人や選び方が分からない方に、積極的にアプローチしていく。そして『人生を豊かにする一杯』が共にある生活を送ってもらうのが、僕の役割だと銘じています」

酒商たかの

小樽で70年以上にわたり商いを続けてきた店を改装し、2005年に地酒専門店としてオープン。店舗2階には角打ち店「隠れ蔵」を開設。他、小樽2店目の「銘酒角打ちセンターたかの」、札幌駅前エリアの「鮨角打ち 裏・小樽酒商たかの」、手稲区の地酒専門店「髙野酒店」を経営している。
北海道小樽市緑1-10-3
TEL.090-6440-9935
https://saketakano.thebase.in/
本インタビューはUHB(北海道文化放送)のトーク番組「BOSS TALK」とのコラボ企画により収録されました。
BOSS TALK
北海道を愛し、北海道の活性化を目指す“BOSS”が北海道の未来と経営について楽しく、真剣に語り合う“TALK”番組。独立するまでの道のり、経営者としての思い、転機となった出会いや目指す未来などを語ります。
UHBにて毎週火曜日深夜0時25分〜放送中!
※番組は2023年9月26日で終了しています。

注目企業のトップに聞くin北海道

最新記事5件

室蘭だからこそ、大きな「夢」を動かせると地域に伝え続けたい。【株式会社 電材重機】 2025年4月21日 公開

代表取締役社長の上村正人さんに、成長の契機となった出来事や、地元・室蘭への地域貢献活動について話を伺った。

馬具・革小物と共に、空知の魅力を世界へ。【ソメスサドル株式会社】 2024年9月9日 公開

ソメスサドル株式会社の代表である染谷さんにものづくりに対するこだわりや今後の展望などを伺った。

「日本をあったかく」。「ほのか」が目指すまちづくり。【株式会社丸新岩寺】 2024年9月2日 公開

温浴施設を地域のコミュニティにしていきたいと語る代表の高橋さんに、今後の展望などを伺った。

明治から函館と共に歩む五島軒。変化し続ける老舗のこれから。【株式会社五島軒】 2024年8月26日 公開

5代目社長を務める若山さんに後継を決意したきっかけや、道民なら誰もが知る「函館カレー」のリニューアル秘話、今後の展望を伺った。

ページトップへ戻る