注目企業のトップに聞くin北海道 親方に教わった〝任される喜び〟を若手に継承し、寿司文化を次世代に伝えたい。【株式会社夏目】

2023年6月19日 公開

「鮨 棗(すし・なつめ)」の屋号で札幌市内に寿司店を展開し、まもなく5店舗目の開店も控えている株式会社夏目。新鮮なネタと技術に裏打ちされた味わいはもちろん、職人との会話やこまやかな気遣いも魅力の名店だ。代表取締役の大坂智樹さんに、開店までの道のりや次世代に懸ける思いを聞いた。
株式会社夏目 代表取締役/大坂智樹さん
留萌市出身。海から10分ほどの場所で生まれ育つ。高校時代のアルバイトがきっかけで寿司職人の道へ。現在「鮨 棗」他、計4店舗を展開。まもなく5店舗目の開店を予定している。

厳しさを知ったからこそ、あえて進んだ寿司の世界。

2012年に札幌で創業した「鮨 棗(すし・なつめ)」。新鮮なネタと職人の腕、活気ある中にも気配りとこまやかな接客で人気を呼ぶ。現在は札幌市内に4店舗を展開し、社員・パート合わせて約60人が活躍している。
代表取締役を務める大坂さんの出身は留萌市。父親がよく連れて行ってくれた寿司店で高校1年生の時からアルバイトを始め、寿司職人の格好良さにあこがれを抱くようになる。そして2年目、大坂さんの人生を大きく変える出来事が起きた。
「ある日突然、勤め先の大将が亡くなってしまったのです。店を建て替えてリニューアルオープンを迎えた2週間後、過労のためか仕事場でソファにもたれ掛かったままの急逝でした。寿司職人とは命懸けの仕事であると痛感したんです」
大坂さんは、大将との思い出を胸に自らもこの道で生きると決意する。高校を卒業しそのまま店で働き経験を積んだ後、さらに広い世界を知りたいと上京したのは21歳のころだった。
東京での弟子入り先は、雑誌の寿司特集で見つけた銀座の高級店。誌面で見た寿司の美しい彩りや曲線に惚れ込んで、飛び込みで頼み込んだのだという。東京での2年を経て、更なる修業先として選んだのは札幌の名店「たる善」で、ここで10数年にわたって実力を蓄えた。

任される喜びや経営を学んだ経験が転機に。

当時の寿司職人の世界は縦社会で労働時間も長く、厳しい世界だったと大坂さんは振り返る。同じ作業の繰り返しも多かったが「単調な作業であっても飽きずに一つひとつ積み上げていくもの。当たり前の日常を大切にしながら、お客様に育てていただくように」という親方の言葉は今も心に残る。
「休みの日にも店に出て仕込みをするのが当たり前でした。それでも寸暇を惜しんで自身の技を磨かなければなりません。布をちぎりゴムで巻いたものを常にポケットに入れ、地下鉄に乗りながらも寿司を握る練習をしたり、帰宅後は新聞紙で笹切りの練習をしたり…。それから鏡の前に立ち、笑顔を作る練習も欠かしませんでした」
そんな不断の努力が認められ、大坂さんは札幌本店の運営を任されることになった。ただ良質な素材を使っておいしい寿司を作るだけではなく、原価率を考慮したり、仕入れを管理するなど経営についても学んだ2年間は大坂さんにとっての大きな礎になったという。
「まだ若輩職人だった私に店を任せるなど、器が大きな方でなければできません。私が『任される喜び』を知り、若手に任せることの大切さを実感したのはこの時が最初でした。自分の好きなように仕込み、コースを組み上げ、お客様に喜んでいただけたあの瞬間は忘れられません」
その後、大坂さんは36歳で念願の独立を果たし「鮨 棗」を開店。翌年には2店舗目を出店する。異例のスピードで2店目を展開した背景には、応援してくれる多くのファンの応援があったのと同時に、目覚ましい成長を遂げる後輩たちに、より多くの経験を積ませたいという理由もあったそうだ。開店にあたっては若手職人が肩肘張らず、伸び伸びと活躍できる場を目指したと振り返る。
「かつてはカウンターに立つまで10年とも言われ、握る機会に恵まれず業界を離れていく後輩たちをたくさん見てきました。長らく技は『見て盗め』と言われてきた寿司職人の世界ですが、実際に自らの手で魚をおろし、時には失敗もしなければ育ちません。さらに私たちの店ではありがたいことに、常連のお客様が温かく若手を育ててくれるのです」

褒める指導で若者を育て、大切な寿司文化を次世代に。

その後も店は成長を続け、2012年には株式会社夏目として法人化を果たした。代表取締役となった大坂さんが、従業員を育てるために大切にしているのは、褒めて育てること。仕事の指導だけではなく、趣味の話なども通じた日ごろからのコミュニケーションも欠かせないと話す。店舗が拡大した現在も、毎日全店舗を自らの足で周り、若手たちに声を掛けているのだという。
「かつての飲食業界ではあこがれの職業であった寿司職人も、昨今はなり手が少なくなっています。情熱を持って業界に入って来る若者たちの未来を作っていくことが、自分の使命だと思っているんです」
江戸時代から続く寿司文化。近年は海の環境変動も著しいのに加え、コロナなど目まぐるしい社会情勢の変化の影響も受けてきた。そんな中、大坂さんの目標は寿司の文化を守り次世代の職人を育てること。その視野は海外にも向けられ、大坂さん自身も英語を習得して海外客とコミュニケーションをとる他、海外からの弟子入り希望者にも門戸を開いてきた。思い描くのは、寿司の魅力を広く世界に発信することだ。

また、未経験人材も積極的に受け入れており、公式ウェブサイトでも働く現場の裏側が見えるよう工夫を凝らしている。どんな人物であろうと適性を見極め、どうすれば若手が成長できるか、やりがいを持って働けるか真剣に考え、サポートするのが大坂流だ。もしも寿司職人を目指したいと感じたならば、勇気を持って飛び込んでみてはいかがだろうか。

株式会社夏目

道産を中心に全国四季折々の素材を提供する「鮨 棗」を運営。「本店」の他「赤れんがテラス店」「大通ビッセ店」「別邸」を展開する。
北海道札幌市中央区南4条西5丁目10 第4藤井ビル7階
TEL.011-231-0725
https://www.sushi-natsume.com
本インタビューはUHB(北海道文化放送)のトーク番組「BOSS TALK」とのコラボ企画により収録されました。
BOSS TALK
北海道を愛し、北海道の活性化を目指す“BOSS”が北海道の未来と経営について楽しく、真剣に語り合う“TALK”番組。独立するまでの道のり、経営者としての思い、転機となった出会いや目指す未来などを語ります。
UHBにて毎週火曜日深夜0時25分〜放送中!
※番組は2023年9月26日で終了しています。

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