生まれも育ちも札幌の中村さん。小学校時代は野球に夢中だったものの、大倉山ジャンプ競技場のすぐそばの小学校に通っていた影響もあり、小学校5年生の時にジャンプを始めました。最初の頃は「飛ぶというよりは、ただ滑って落ちていた感じ」で、楽しくはあっても本腰を入れるには至らず、当時のコーチも「直幹が一番最初にやめると思っていたよ」と今でも笑いながら話すとか。
肘を痛めて野球を断念し、本格的にジャンプに向き合い始めたのは中学生になってから。中学3年でジュニアの日本代表に選ばれ、高校生で世界ジュニアの代表争いに参加するようになると「より強くなりたい」という思いが込み上げ、練習にも主体的に取り組むようになっていったそうです。
そんな中村さんにとって、最初の転機は高校2年生の時。初めての海外遠征で東欧を訪れ、町の独特のにおいやデコボコの道路事情に衝撃を受けたそう。物乞いをする孤児やランニング中に襲ってくる野犬など、これまで目にしたこともなかった〝貧困〟の実情が強く心に突き刺さりました。その後もイスタンブールの空港のテレビでシリア内戦の生々しい映像を見たり、カザフスタンの街なかで戦車を見たりといった体験を重ねるうちに、選手団の一員として笑顔で行動する自分に何とも言えない違和感を感じたそうです。