株式会社関木材工業は、十勝エリアの新得町で北海道のカラマツやトドマツといった木から角材を作ったり、チップを製造したりする木材加工企業です。平成7年には日本で初めて国産材ツーバイフォー(家を建てるときにつかわれる角材のサイズが「2インチ×4インチ」のカナダで生まれた建築工法)工場を立ち上げるなど、「北海道産・国産」にこだわっているのも特徴です。
当社はオートメーション化された工場に比べて人の力が主力です。だからこそ、一人ひとりがイヤな思いをせず、「皆と一緒に働くことを楽しいと思ってもらえるようにしたい」と考えています。
そのため、ここ15年ほどは「そこまでムリしなくても大丈夫」なように、ムダをとにかく省いて、生産性を高める体制を作ってきました。ガリガリ働いて売上アップというわけではなく、残業しなくてもしっかりと稼げて豊かに暮らせるスタイルをすでに確立させています。
今回登場する3名のエピソードを読むと、「都会でセカセカ働くのは肌に合っていない」という就活生は未来の道を当社に見出せるかもしれません。
仕事が終わって家族と夕飯を囲む。
普通の幸せを、普通に噛み締められる会社です。
工場長/大西 義信(勤続42年)
関木材工業に入社したのは40年以上も前。当時は取り敢えず仕事を探していたので、ココに勤める親戚から紹介されて、一も二もなく働くことを決めました。当初は1年を通じて仕事があり、毎年の定期昇給もある安定感に居心地の良さを感じていたのが正直なところ。ただ、技術が高まってくるにつれ、「この木からどれだけ製材ができるか」を考えながら、工夫を凝らすのが楽しくなってきました。当社は定時キッチリに終わる日が大半で、マイホームも建てられる待遇。10年近く前、居酒屋で働いていた息子が、結婚を機に昼の仕事を探していた時には、迷わず関木材を紹介しました。親子で働くのは気恥ずかしいと思われるかもしれませんが、家族にすすめられるくらい良い会社なんです。実際、彼が腰を痛めた時も、上層部は決してムリさせず持ち場をシフトしてくれましたね。
仕事が終わってまっすぐ家に帰り、家族でご飯を食べる…何かと忙しい令和の今ではなかなか難しい幸せを、普通に噛み締められる環境です。
病気を克服できて、今、妻と幸せに暮らせるのは、
会社が「待っている場所」を作ってくれたから!
木材加工スタッフ/小松 謙(勤続11年)
土木や警備の仕事を経て、親の紹介からアルバイトで入社したのが関木材工業。1年後には正社員登用の声をかけてもらいましたが、脳脊髄炎という重い病気の疑いがあり、数ヶ月の入院を2回繰り返しました。
その後は体調が良ければ出勤し、調子が悪い時には欠勤するという日々。正直、会社の同僚に申し訳なく、一度は社長に「辞めさせてほしい」と願い出ました。けれど、「待っている場所があればきっと治療の張り合いにもなるし、誰も気にしていないよ」と言っていただけ、嬉しいやら有り難いやら…。おかげで病気も克服し、9年ほど前に晴れて正社員として働くことができました。
僕の担当は機械で加工された木材を運んだり、梱包したり、縛ったりする持ち場。ルーティンに近い業務のため時間とともに必ずマスターできるようになります。
当社は待遇面も休日面もシッカリしています。5年ほど前には結婚して、もともとカフェだった家をリフォームしたマイホームも持ちました。今は妻と自宅でゲームをしたり、まったり過ごしたりするのが幸せ。時間も、金銭面も、ゆとりを持てるのは新得の関木材工業で働いているからだと思います。
家族と出かけられる時間がたっぷり。
長く働きたい職場にやっと出会えました。
木材加工スタッフ/藤岡 一樹(勤続4年)
塗装の仕事や工場の派遣、鶏肉処理を経て、前職は牧場スタッフ。これまでの職場はいずれも年配が若い世代の意見を取り入れてくれず、人間関係があまり上手くいかず…。牧場で働いているころにも子どもがいましたが、朝3時に出勤して深夜に帰るような環境だったため、寝顔しか見られない日々でした。
そんな時、関木材工業に勤める幼馴染から社長を紹介され、職場見学に出かけました。スタッフの方はとにかく楽しそうでしたし、工場のものづくりに興味があったのですぐに心が惹かれたことを覚えています。もちろん、残業がほぼなく、休日もしっかりしているので、家族との時間も十分にとれそうだと感じました。
入社後は加工された木材の運搬や積み上げに携わり、今は機械を使った木のカットを担当しています。想像していた通り、家族と動物園や水族館に出かける時間がたっぷり。収入もグッと上がったので、子どものおもちゃを買いすぎて…今はしっかり貯金するようにしています(笑)。若い世代の意見にも耳を傾けてくれるので、長く働ける職場にやっと出会えたとしみじみと感じています。