北海道の経営者に聞く3つの質問「転機・人・未来」 タンニンなめし革の鞄が全国に知られるものづくり企業、株式会社いたがきの板垣江美社長に聞いた「転機・人・未来」

2021年7月29日 公開

株式会社いたがきといえば、タンニンなめし(動物の皮が腐ったり、硬くなったりしないように加工する技術)革を職人が一つひとつ丹念に手作業で仕上げる「鞄」が全国に知られるものづくり企業。創業者にして職人魂の体現者ともいえる故・板垣英三氏から同社を受け継いだ板垣江美さんに、「転機」「人」「未来」についてお聞きしました。

タンニンなめし革も手作業の製法も、「変えないこと」が価値を高めています。

代表取締役社長/板垣江美さん
株式会社いたがきの創成期から創業者の父と母、兄妹とともに家業を手伝い、短大卒業後の21歳で同社に入社。ヨーロッパに渡り、ドイツ人のご主人と結婚後、活動の拠点を同国にシフト。日本と行き来しながら、2012年4月に代表取締役社長に就任。

板垣さんの「転機」は?親の庇護のもとから「チームの一員」になったことと、自分の世界を広げた結婚。

父が独立して当社を創業したのは1982年のこと。当時は職人も2〜3名だったため、家族総出で何から何まで手伝わないと商売が成り立たない環境でした。鞄づくりが好きとか嫌い以前に、怒涛の流れに飲み込まれたといいますか(笑)。でも、親の庇護のもとに甘えていた自分が、仕事の面では「チームの一員」になったのは大きな転機。もちろん、父への「ホウ・レン・ソウ」は欠かしませんでしたが、女性向けの鞄を考案したり、時に販売先を開拓したり、会社が出来上がる過程と伴走できたのはプラスに働いています。
2つ目の転機は結婚でしょうか。私は商品企画を担当する中で、仕入れやレザーフェアの視察を目的に欧州へ渡り、1993年にドイツ人の夫と結婚しました。ドイツの文化は着飾らず質素で、質実剛健。夫を通して異国にふれたことで2つの国を知ることになり、自分では気づかないながらに受けた影響によって、考え方や生き方の枠が広がったと思います。

Q.板垣さんにとっての「人」とは?ものづくりの仕事は手を動かしてくれる人がいないと成り立ちません。

現在は社員も80名以上に増えました。ものづくりの世界は実際に手を動かしてくれる人がいなければ成り立たないため、会社とは持ちつ持たれつの大切な存在だと思っています。ただ、当社の鞄づくりは、自らの個性を発揮するのではなく、顧客に求められるものを手がける仕事。「相手のことを考える」という大事な感覚を理解するのに、意外と長い時間がかかります。
普段の仕事と向き合っていると3年も経てばできることが増える一方、特別な気分は薄れてくるもの。いつでも目標を持って取り組んでもらうために、基本の技術を習得した有志が月に1回集まって、自分の課題と向き合う「スキルアップ」という時間を設けています。他にも、革の端材を使って自分のレベルに合ったものをつくり、手に取ってもらう機会を見つけて自ら販売する「LLC(リトルレザークラブ)」もユニークかもしれません。商品の質に見合った適正な売値を自分たちで決めることで、「生計を立てるものづくり」を学んでもらっています。

Q.板垣さんが描く「未来」は?「昔はこうだった」を若い人に伝える役割を担いたいと考えています。

子どもが生まれたことで自分の人生が自分だけのものではないと肌で感じるようになりました。会社についても先が長くなっていく見通しも立ったような気がして、いずれ若い人に委ねなければならないと考えるようになったんです。
これからの世の中はさらに便利になり、もっと生きやすくなるはず。その中で私は「昔はこうだった」と伝える役割を担う必要があると思っています。父は丁稚奉公しながらタンニンなめし革による鞄づくりを習得し、より柔らかく加工しやすい革が登場しても愚直に職人魂を貫きました。
当社のような鞄を手がけられる会社が少なくなった結果として、天然素材であるタンニンなめし革を使った商品の価値も高くなったのだと思います。今は何でも簡単にできるように「見える」時代。けれど、父をはじめ昔の人が時間をかけて紡ぎ上げてきた技術や製法を「変えずに続けること」も大切なんだと知ってほしいですね。

株式会社いたがき

赤平市に本社と工房を構える1982年創業の革製品製造会社。タンニンなめしの革は、昔ながらの手法で植物の渋(タンニン)に漬け込み、約2カ月かけてつくられたもの。革は硬くて重く、加工も難しい一方、型くずれしにくく耐久性があることから、長く使い続けるには最適。収縮が少なく堅牢で、使うほどになじみ深い色合いに変化していくのが特徴。
北海道赤平市幌岡町113番地
TEL.0125-32-0525
https://www.itagaki.co.jp/

北海道の経営者に聞く3つの質問「転機・人・未来」

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