2020/07/20[mon] update

農林漁業の仕事人file【農業/清川敏雄さん】

自治体の安定感と農業の面白さと、いい仲間の三拍子が揃っています。

新冠町有牧野
係長/清川敏雄さん

黒毛和種の一貫生産と、ブランドを向上させる血統管理。

新冠町の市街地から車を走らせること約20分。山間の道の右手に牛舎や管理事務所が見え、左手にはなだらかな丘陵に牧草地が広がっていました。
「ここから見えるところは、すべて新冠町有牧野の敷地と考えてください。広さはおよそ650ヘクタール。春先から秋にかけては、町内の酪農家から預かった約300頭の乳牛を牧草地に放し、僕らが飼養管理しています。新冠町では生産者の労働力不足を補うために、昭和40年代から放牧預託の取り組みを始めたんです」
和やかな表情で教えてくれたのは、平成11年から新冠町有牧野の運営に携わっている係長の清川敏雄さん。取材時は放牧預託がスタートする前ということもあり、乳牛の姿は見えないものの、牛舎では黒い毛並みの和牛が飼料を食んでいました。ん?和牛も飼っているのですか?
「かつて新冠町では耕畜連携(米や野菜を生産する耕種農家と畜産農家の連携)を進めた際、黒毛和種を町内の畜産農家に導入しました。ただ、飼い切れなかった和牛は町が管理するようになったんです。僕が入職した平成11年から町の黒毛和種を繁殖から肥育(牛を太らせること)、さらにお肉として出荷するまでの事業を本格化させました」
この事業は出荷して終わり…ではなく、生産量や肉質の成績が優秀な黒毛和種の母牛から受精卵を採取し、町内の生産者に破格で譲っているのだとか。町が良い血統を管理することで、「新冠町=良質な黒毛和種の産地」としてのブランド力向上に一役買っています。

畜産農家を縁の下で支え、少しでも恩返しするために。

清川さんが案内してくれた目玉の施設が「和牛センター」。ここでは、町内の畜産農家から預かった黒毛和種を約20カ月かけて肥育する預託事業を主に手がけています。
「新冠町の畜産農家は肥育する前の素牛(もとうし)を売るのが通例。ただ、肥育をしないことには、母牛がどれほどの能力を秘めているかが未知数のままです。そこで、僕らが肥育から出荷までを担当し、母牛のデータを渡しています。費用はエサ代の実費のみですし、売上はもちろん全額生産者にお返ししているんですよ」
自治体が運営する事業という性質上、利益を追求するわけではないと理解できます。が、かなり生産者に寄り添った考え方なのですね。
「町内の畜産農家は約30戸で、計1600頭ほどの黒毛和種を育てています。この産業を縁の下で支えるのが新冠町有牧野の役割でもあるんです。一方、僕が入職した当初、牛の飼養を仕込んでくれたのが生産者の皆さん。個人的な恩返しという意味でも、成績の良い黒毛和種を増やしていくのが願いでもあります」
清川さんら新冠町有牧野の正職員は農業の実作業に加え、生産者との難しい交渉や血統管理も担う一方、主に牧草の収穫や牛舎の管理、牛の飼養を行う臨時職員も運営には欠かせない存在。「畜産農家の後継者を臨時職員として受け入れ、牛の飼養を一通り覚えてもらった後に、家業へと戻っていただくこともあります。この取り組みも、僕なりの恩返しの一環なんです」

立場や雇用形態に関わらず、誰もが気持ち良く働ける職場へ。

清川さんは帯広畜産大学のご出身。就職活動の時は牧場の仕事を目指しながら、収入の安定やきちんと休めることにも重きを置いていたと正直に語ります。そんな思いとマッチしたのが自治体が運営する新冠町有牧野だったのです。
「公務員の安心感と牧場の現場で働けることに満足していました。一方、僕ら正職員が土・日・祝日に休んでいる中、当時の臨時職員は週休1日だけのシフト制。同じ職場で働く仲間なのに、待遇が異なることにジレンマを抱えていました。立場の違いに関わらず、お互いが気持ち良く働ける環境を作るために、役場と少しずつ交渉をするようになったんです」
清川さんの職場改善の提案は少しずつ実り、今や臨時職員も月の土・日・祝日の日数分が休めるように。正職員もシフト制に加わることで、誰もが平等に2連休ずつ取れる勤務体系を実現しました。臨時職員のボーナスや退職金といった待遇面も向上させ、夏季や年末年始の長期休暇も全員で話し合って交代で取得しています。
「畜産農家が年中無休で汗を流す時代は終わったと思っています。そのために仔牛の育成には哺乳ロボットなどの機械を取り入れ、牛の発情傾向を見つけるセンサーといった能力を平準化できるツールも導入する予定です」
さらに、清川さんは大病を患った経験から人に対する考え方も変わったと振り返ります。以前は自分が頑張ればスタッフの穴を埋められると思っていましたが、3年の闘病を経た結果、仲間がいてこそ牧野が運営できると身を持って知ったと表情を引き締めます。
「例えば、スタッフは肥育預託の黒毛和種が良質な肉に育ったことに面白さと手応えを感じます。でも、その成績をノルマにしてしまうといつしか重圧へと変わってしまうはずです。いい仕事ができたということは、いい仲間が手を携えた結果なんだ…そんな思いを共有しながら、皆で頑張れる職場を作っていきたいですね」
仔牛の育成牛舎には哺乳ロボットを導入。ミルクを飲むタイミングや量、体重などを遠隔でも把握できるようデータ化。
畜産農家から預かった素牛を肥育する「和牛センター」。2頭1組にした余裕のある飼い方を実践。
町内の畜産農家の息子さんも臨時職員として勤務中。牛を引いて歩く取り回しの扱いが実に見事です。
各種重機の免許取得は役場が費用を負担。ただし、得手不得手もあるため、適材適所で安全に働けるよう配慮。
敷地内にある職員住宅。費用はかからず、水道料金も無料。3LDKとご家族で住まうにも十分な広さ。
職員の業務量を少しでも削減するために、冬の間は黒毛和種を牧草地に放牧することもあります。

新冠町有牧野

「乳牛の放牧預託」「黒毛和種の肥育預託」「新冠町が管理する黒毛和種の飼養」を三本柱に事業を展開。畜産農家の経済的な負担を少なくするためにも、預託事業はどちらもリーズナブルな価格設定。地域の畜産業の底上げを目指し、新冠町を良質な黒毛和種の産地として周知することも使命。
北海道新冠郡新冠町字北星町3番地2(新冠町役場 産業課内)
TEL.0146-47-2110
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