2017/09/11[mon] update

農林漁業の仕事人file【漁業/川口洋史さん】

漁師が都会や食卓に歩み寄る時代へ。
北海道の漁業は変わっていくと思います。

常呂町 漁師/川口洋史さん

広告企業の経験をバッグに詰めてUターン。

港に立つ姿はまるでファッション雑誌の一コマのよう。本当に漁師さん…?それが川口さんの第一印象でした。
出身は常呂町。祖父が初代となった漁師の家に育ちます。
「長男でしたが、家業を継ぐ気はありませんでしたね。大学で上京しそのまま東京の広告系の企業に就職しました」
実家とは畑違いの仕事。しかし故郷の漁業や実家の漁を応援したいという熱意は消えることはありませんでした。
「実家がホタテ漁に携わっているのは稚貝の養殖だけ。漁獲量が驚くほど減っている最中、プロモーションやブランディングの観点から常呂の漁業の底上げを図ることはできないかと考えたんです」
じつはこの後まもなく、川口さんは父親の体調の悪化をきっかけに、常呂町にUターンすることとなります。しかし約3年間の東京の広告企業への勤務経験が、その後の川口さんの漁師人生に新たな可能性を投じることになるのです。

前向きな人材が増えなければ漁業は衰退する。

故郷に戻った川口さんは、鮭定置網漁に取り組む中型船の乗務員になります。
「漁業を覚え、家業を継ぐための修行期間です。最初の1年間は番屋(合宿所)に泊まりこみ、その後の3年間は実家から通いました」
Uターン4年目には家業の要としていよいよ川口家へ。ご両親や従業員の方々とともに名産のホタテの稚貝を育てたりニシンやホッケ、カラフトマス漁など手掛けます。
「鮭の定置網時代も家業に入ってからも、痛感したのは人材の大切さ。人手が足りなかれば、できる漁も手がけられる仕事量もすぐに限界になってしまいますから」
前向きで若々しい人材の確保は、川口家だけではなく、漁業界全般が抱える課題の一つ。「でもそのために待遇競争をし、パイを奪い合うだけでは意味がない。自分は漁業の世界に違った魅力を創出することが大切だと思っているんです」

漁師が新しい挑戦をするのは陸の上。

漁業に新しい光を、常呂の魚に注目を。そう考えた川口さんは、本業のかたわらさまざまな取り組みをスタートさせます。
「例えばイベント。漁師がつくるスープカレー、病院食メニューづくり、子供たちに向けた食育講座、食と音楽の集いを手がけたこともありました」
さらに東京農大とのコラボのもと、ピンクサーモンのパテや船上活〆春ニシンと言ったユニークな商品も開発。首都圏のミシュランレストランへの直販も実現しました。こういった活動の糧となり追い風となったのが、東京時代に築いたノウハウとネットワークだったのです。
「常呂の漁師になったからといって、田舎に引っ込んでいる気はありません。札幌にも東京にも足を運び、さまざまな人脈をつくり、新しい可能性を探る。その中で常呂の漁業にフィードバックできる何かを見つけていきたいと思っています」
そんな活動の一つひとつが、漁師になりたいという若い人材を創出していくはず。そう信じる川口さんの取り組みは、まだ始まったばかりです。
農林漁業の仕事人file
このページの先頭へ