注目企業のトップに聞くin北海道 デザインの力で、魚の本当のうまさを伝える異色の経歴を持つニ代目【有限会社マルショウ小西鮮魚店】

2026年9月7日 公開

函館で仲卸業を営む有限会社マルショウ小西鮮魚店。鮮魚の卸売だけでなく、?利きや鮮度保持技術、ブランディングによって魚の価値を高め、飲食や宿泊事業にも乗り出すなど、新たな挑戦を続けている。元プロダクトデザイナーという異色の経歴を持つ代表の小西一人さんに、その歩みとこれからを伺った。
代表取締役社長/小西 一人さん
1980年、函館市生まれ。拓殖大学工学部デザイン学科卒業後、大手メーカーでプロダクトデザインやグラフィックデザインに従事。2009年に有限会社マルショウ小西鮮魚店へ入社し、2017年に二代目代表取締役社長へ就任。神経締めやブランド化、加工事業などを通じて魚の価値向上に取り組む他、飲食・宿泊事業も展開し、水産業全体の発展を目指している。

プロダクトデザイナーの
人生を変えた父の一言

マルショウ小西鮮魚店は1980年に設立。魚屋の家に生まれた小西さんにとって魚は特別なものではなく、「米よりイクラのほうが多いイクラ丼が食卓に並ぶことも珍しくなかった」環境で育った。しかし家業を手伝ったことは一度も無いと言う。
絵を描くことが好きだった小西さんはデザイン業界を志して、拓殖大学工学部デザイン学科でプロダクトデザインや工業デザインを専攻。卒業後はコンピューターを製造する大手メーカーに入社し、パソコンの筐体デザインやソフトウェアのグラフィック、パッケージなど幅広い制作に携わった。約7年間の経験を積む中で、デザインを経営に生かすことに関心を抱くようになり、イギリス留学も考えていたと言う。そんな矢先、父・昭さんから一本の電話が入る。
「雑談の最後に『魚屋になりたい友達はいないか』と言われたんです。詳しく話を聞いてみると、取引先は増えているけれど、人手が足りないから客を減らすことも考えていると。あと5年で引退して、後継者が見つからなければ店を閉じるつもりだという内容でした。それを聞いた瞬間『もったいない』という思いが込み上げたんです。魚屋も自分が学んできたデザインを経営に生かせば、新しい可能性を生み出せるんじゃないかと思いました」
一夜にして決意は固まり、翌日には父へ「戻って継ぐ」と伝えた。
「歓迎してもらえると思っていたのですが、父から返ってきたのは『大学まで行かせて、上場企業に就職できたのに、それを辞めて魚屋をやるなら最初から魚屋をやれ!』と厳しい一言です(笑)。想像以上に喜んでもらえなかったのが驚きでした」

父に認められるため挑んだ
魚のブランディング

2009年に家業に戻ってからも、父の指導は非常に厳しかった。魚の触り方やトラックの操作まで細かく注意されたと言う。
「何をやっても『まだまだだ』と言われ、自分の存在価値を認めてもらえない日々が続きました。自分が会社に役立っていないなら退職しようと話をしたこともありましたが、いざ辞めたいと言うと父は口ごもるんです(笑)。とにかく、父に認めてもらいたい一心で働きました」
修業と並行して東京の料亭など品質にこだわる店へと営業し、道外にも新たな取引先を開拓。当時まだ一般的ではなかった「神経締め」を独学で取り入れたことで、鮮度とうまみを長期間保てるようになり、遠方への発送や飲食店での利用も増加した。特に小西さんが力を入れたのは魚の価値を見える形で伝えることだ。
「以前、父が選んだ秋鮭はなぜおいしいのかと聞いたことがありました。実は産卵で川へ上る前の、沖で体力を残した個体だけを見た目で選んでいたことが分かったんです。父にとってその技術は当たり前のことでしたが、それがいかにすごいことなのか、おいしさにつながっているのかを、ブランディングによって伝えられるのではないかと考えました」
その秋鮭に生産地や選別技術などのストーリーを添えて、「龍銀」というブランド名で販売を開始。選別にかかるコストを上乗せしているため、従来品より高価格の商品となったが、想定以上に大きな支持を受ける。東京で人気の食のセレクトショップ「DEAN & DELUCA(ディーン&デルーカ)」では、小西鮮魚店専売のコラボポップアップショップも開催され、年間売り上げ1位を獲得した。
「私としては思い切った価格でしたが、バイヤーから『安いですね』と言われたことも印象に残っています。元々存在していた価値を、誰にでも分かる形へとデザインするブランディングの底力を実感しました」

父が教えてくれた
魚屋の本当の役割

父と意見をぶつけながら経験を積み、2017年に二代目を継承。その後も魚の価値を高める取り組みを続け、2024年には老舗居酒屋の事業承継を通じて飲食店事業にも挑戦した。しかし翌年、必死に背中を追っていた父が他界してしまう。
「亡くなった時、父が魚屋の仕事にどんな思いを込めていたのか振り返りました。思い出したのは、何のために仕事をしているのかと尋ねてみた時に『お客さんにうまい魚を食わせたい。それだけだ』と言っていたことです。これまでの自分は売り上げや事業拡大を追い掛け、魚を売ることだけを第一に考えていました」
現在はその言葉を胸に、魚本来のうまみを引き出し、届けるための仕組みづくりに力を入れている。「神経締め」の更なる研究を進める他、水揚げした活魚の状態をより良く保ち、最適なタイミングで処理するための最新の水槽設備も導入した。また入荷情報などをSNSで発信することで、仕入れのタイミングのずれを解消し、全国の飲食店や魚を扱う事業者との新たなつながりも生み出している。
「魚が少なくなっている今だからこそ、一匹一匹の価値をもっと高めたい。そのためには、生産者の思いや函館という地域の魅力まで届けられる『魚のエンターテインメント企業』になりたいと思っています。目指すは、お客様、生産者、社員の三者が共に豊かになる『三方良し』。父が大切にしていた『うまい魚を食わせたい』という思いを受け継ぎながら、この業界を盛り上げていきたいです」

有限会社マルショウ小西鮮魚店

1980年創業。函館市を拠点に鮮魚の仲卸業を営み、飲食店や宿泊施設などへ高品質な水産物を提供する。神経締めをはじめとした鮮魚処理技術やブランド化にも力を入れ、加工事業や飲食事業へも展開。2024年には老舗居酒屋「気腹志」を事業承継し、「魚のエンターテインメント企業」を掲げて新たな価値づくりに挑戦している。
函館市豊川町27-6 函館水産物卸売市場内 C-2 小西鮮魚店 活魚センター
TEL 0138‐86‐7732

https://www.conisen.co.jp/
UHBにて毎週火曜日深夜0時15分〜放送中!
BOSS TALK
本インタビューはUHB(北海道文化放送)のトーク番組「BOSS TALK」とのコラボ企画により収録されました。
北海道を愛し、北海道の活性化を目指す“BOSS”が北海道の未来と経営について楽しく、真剣に語り合う“TALK”番組。独立するまでの道のり、経営者としての思い、転機となった出会いや目指す未来などを語ります。

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